幼い頃から成人するまで患っていました

私は小学生の時から腹痛でよく学校を休む子供でした。

それでも当時「過敏性腸症候群」という名前すら聞いたことがなく

病名がついたのは中学3年生になってからでした。

 

私の場合は「便秘型」だったので母の提案で、

お手洗いにはカレンダーをかけ便が出た日には「〇」をつけるという風に工夫し

病院へ行った時に何日便が出ていないか、を家族で把握出来るようにしました。

 

小さい頃はどこがどう痛いという説明も出来ず

とにかくお医者さんに言われるがまま整腸剤などの服薬を開始しました。

 

最初は近所の小児科へ行きましたが何度行っても原因は分からず

それからは大きな病院を転々としました。

 

レントゲンを撮ると必ず「かなり便が溜まってますね…」と医師も困り顔でした。

当時は胃カメラは子どもには辛いだろう、とのことで

バリウムも何度も飲んで検査しましたが異常は全くなく、

ただ整腸剤と痛み止めに頼る日々でした。

 

便秘があまりにひどい時には浣腸したこともありますし下剤を飲んだこともありますが

どちらも無理やりに便を出そうとするので強烈な痛みがやってきて、幼い私には耐えがたかったです。

 

移動する時も「お手洗いに行けない」と思うと便は出ないのに

腹痛の波が襲ってきて何度も何度も痛み止めを飲んでいるうちに効かなくなってしまったのか

一番痛みが酷い時には点滴を受けてやっとでした。

 

後から知ったのですがその点滴には「精神安定剤」のようなお薬も混ぜてあったそうです。

それからは家を出ようとすると強烈な痛みがやってきてしばらくは外出するのも困難でした。

 

外出先は、どこにお手洗いがあるのか、はっきりと分かる場所。

移動手段も「痛み」を訴えられる家族と一緒でないと無理で、

電車に乗ることも困難になってしまって親の運転する車でしか出かけられなくなりました。

幼い時に受けた浣腸や下剤で強烈な痛みに襲われたことがトラウマになり

どれだけ便が出ない日が続いても

もうそういった「無理やり出す」ということには頼れなくなっていました。

 

そこで家族が色々と調べてくれて「ツボ」を押してみたり

便秘の時には「ラマーズ法」の呼吸を真似していきむ、

朝起きて1番に白湯を飲むなど民間療法を試してみました。

母はなるべく食物繊維のとれる料理を作ってくれたりもして

家族全員で過敏性腸症候群と闘った、という感じです。

 

治癒したのは20歳近くの頃でした。

はっきりと時期が分からないのはこの病気が「徐々に良くなっていくもの」だからだと思います。

気付けば「そういえば最近お腹痛くならないね」と家族間で話しているような感じでした。

 

今は良い薬が出ているのかもしれませんが薬に関してはもう分かりません。

ですが便秘体質なのは変わらず…なので今はヨーグルトを毎日摂取するようにしています。

 

機能性食品と表記のあるヨーグルトを何種類か試してみて値段は気にせず、

気に入る味・気に入る摂取の出来るものを選んで

今も両親と一緒に夜のヨーグルトタイムを設けています。

それでも「出ないなぁ」という時にはハーブティに頼ったりしています。

 

お薬を飲んでいる方はハーブティとの相性もあると思うので

ご自身で主治医にお尋ねになってから試してほしいのですが

私にとってはハーブティを摂取することによってスルリと出るものに出逢えたので

頓服のような感じでハーブティを飲んでいます。

 

痛みや辛さはご自身にしか分からないと思いますが

私の場合は幼い頃に発症したことで家族と痛みを共有することが出来ました。

ひとりで抱えて生きていくには難しい病だと思います。

家族でなくても、信頼出来る人がいるのなら痛みを話してみることをお勧めします。

 

良くも悪くも、便通で悩む人は少なくない時代です。

「実は便秘で…」と打ち明けるのは昔よりは容易ではないでしょうか?

周りの協力を得ることが出来たら緊張のもとであるものを取り除くことにもなりますし

少しずつ、少しずつ、安心して生活出来るようになると思います。

 

今現在闘病中の方には信じがたいかもしれませんが

こうして治癒し、普通に生活することが出来ている人間がここにいますので希望を持って、

どうしたら「安心」して暮らせるか?を考えながら病気とのお付き合いを考えてもらいたいです。

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